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ジャニオタと大学受験

私は春からめでたく大学生になる山田担である。

他の高校生が部活と勉強の両立に苦しむ中、部活をほとんどやっていなかった私は、高3の受験期はもちろん高校生活の3年間、勉強オタ活の両立を目指して頑張ってきたように思う。

大学受験を終えた今、某公立中学から某公立高校に進学し某国立大学に合格した私の経験を踏まえて、学生のジャニオタなら誰もが一度は悩む、"ジャニオタと学業"について、その中でも特に"ジャニオタと大学受験"について、自分の為にもここにまとめてみようと思う。

もしも巡り巡ってここに辿り着いた悩める学生がいたら、もしも少しでもその誰かの役に立てたら幸いだ。

 

ジャニオタと高校生活(高1〜高2)

私は所謂"自称進学校"といったレベルの公立高校に通っていた。塾には行っていなかった。

高校に入学してから、私は予習をとにかくじっくりしっかりやるようになった。中学までは予習といった予習はほとんどやったことがなく、やっても英語の教科書の本文、新出単語とその意味をノートに書き写すという予習という名の宿題だけだった。だが高校では、予習をしてあることが前提で授業が進んでいき、予習無しで授業を受けると先生が言っていることがさっぱりわからないなんてこともよくあった。

私はわからないことが嫌いだ。わからないことがあるとすぐにググる。すぐにWikipediaに頼る。この習性が私をオタクにしたのだと思っているほどだ。そんな私はわからないことがなくなるまで徹底的に予習をしてから授業に臨むようになった。

現代文は、教科書の本文中の難しい熟語や慣用句の意味を片っ端から辞書で調べた。それは一応宿題ではあったのだが先生な気まぐれな指名を掻い潜り、万一指名されてもその場でさっと調べて答えられれば済むような、やらなくてもなんとかなるようなものだった。だが心配性な私は指名されてもされなくても片っ端から辞書を引いた。

古典は、先生が用意してくださったプリントに一部空欄になった現代語訳が書いてあり、教科書の本文を写して品詞分解をして空欄に現代語訳を書くという予習スタイルだったのだが、やはりわからなかったら辞書を引きまくった。

数学は、教科書を理解できるまで読み、授業で解く時間を与えられる練習問題を先に解いておいた。

物理は、教科書を理解できるまで読んでから授業に臨み、授業では先生の話を聞くことに専念した。

"予習をしてわからなかったところを授業で確認する"とよく言うが、私は極限までわからないところを潰してから授業を受けるようにしていた。

 

そうするとどうなるか。

 

 

 

授業が暇になる。

 

 

 

"それもうわかってるんだけどな〜"

"早く先に行ってくれないかな〜"

なんてことばかり考えていた。なんとまあ憎たらしい生徒だろう。

 

それが続くとどうなるか。

 

 

 

授業中に予習を始める。

 

 

 

最初は出来心だった。(?)

"それもうわかってるんだけどな〜"と暇そうに憎たらしい顔で話を聞くよりはいっそ話を聞かないで予習を進めてしまえばよいのではないか。

幸い、例え先生と目が合わなくても、懸命に教科書を読み懸命にノートに何かを書いていれば、先生は真面目に授業を受けていると思ってくれた。ファンタスティック。睡魔に負け夢の世界に旅立たない限り怒られることはなかった。

こうして授業中に予習時間を捻出するという画期的な戦術を編み出した私は、朝ホームルームが始まる前に1時間〜1時間半ほど勉強し、放課後は学校に残って1時間半ほど勉強することで学校にいる間に予習の殆どを終わらせ、授業中は話を頭の半分で聞きながらもう半分を使って予習をすることで授業内容を定着させるというスタイルを確立した。

冒頭でも少し書いたが、私は一応部活に所属していたが活動するのは月に数回で実質帰宅部のようなものだった。それなので放課後はほぼ毎日、人のあまりいない学習室の定位置に陣取り勉強した。そう、定位置とはJUMP担なら誰もが憧れる、"教室の窓側の後ろから二番目の席"である。もっとも私に輝かしいスクールデイズはやって来なかったが。私も「モテたいな〜」とBESTと一緒に駄弁りたかった。

勿論課題が出ればそれを学校や家でこなし、定期テストの範囲を習い終えれば授業中頭のもう半分は予習ではなく復習に使われたし、定期テスト2週間前くらいからは学校で購入した問題集を使って家で復習もしたが、基本は学校での予習と授業が軸になっていた。すると定期テストでは学年全体での順位が1桁になるようになってきた。

 

…いけないいけない。このままではちょっと姑息な勉強法ブログになってしまう。

こんな生活をしながらも、行きの電車の中ではTwitterをチェックし、家に帰れば普通にテレビを観て過ごした。リア垢にはテスト期間だけログアウトするような友達もいたが、私は情報に乗り遅れるのが何よりも嫌だったので、テスト期間だからといってTwitterをやめることはなかった。

私は電車通学をしていて途中で1回乗り換えがあり、家を出てから学校に着くまで少なくとも1時間はかかったのだが、実際に電車に乗っている時間は合計20分ほどだった。田舎では本数の少ない電車を待たなくてはならず、ひどいと電車に10分乗り、乗り換えに30分ほどかけ、また電車に10分乗るのだ。馬鹿馬鹿しい。

高1〜高2の頃は、Twitterをチェックするのは電車に乗っている間だけと決めていた。実は私はジャニーズ以外にも好きなものがあり、ジャニーズ垢を含めて趣味垢を3つ持っていた(今も持っている)ので、3つのアカウントの1日ぶんのTLを20分で流し読みしていた。これはなかなか大変なのだが、この習慣のおかげでだらだらとTwitterを眺めて時間を無駄にしてしまうことはなかった。これ、実はかなり大事なことのように思う。

そして、高1の1学期中間試験の1週間前にはLWMで東京ドームに行き、2学期中間試験の数日前にはSmartで横アリに行き、高2の1学期期末試験の数日前にはワクワクで東京ドームに行った。定期テスト前の1日くらい現場に行ったって、普段からある程度勉強をちゃんとしていればなんとかなることがわかった。オタ活と勉強の両立のコツを掴み始めてきた。

 

ジャニオタと大学受験

高1高2と上記のように勉強もオタ活もそつなくこなしてきた私だが、高3になってから、正確には高2の3学期から、もっと正確には高2の秋の修学旅行が終わってから学校側から受験受験と口うるさく言われるようになってきた。

修学旅行が終わったら、高2の3学期になったら、高3になったら、高3の大きな行事が終わったら、様々なタイミングでリア垢をやめる人が出てきた。でもやっぱり私は情報難民になるのが嫌だった。Twitterに沢山の時間を取られているとは感じてはいなかったし、勉強時間をもっと増やすならTwitterをしている時間よりぼーっとテレビを見ている時間を削るべきだと思っていた(結局最後までテレビを見る時間を削ることはあまりできなかったが…)。

受験勉強をする といっても、塾に行っていなかった私は何をしたら良いのかわからず、学校で出される課題や、授業時間以外で行われた課外に参加するだけで満足していた。

今後悔するとしたらこの点だ。早いうちから色々な大学の赤本などで様々な過去問を解いていれば…と思う。

受験生と呼ばれ始めた私は、とりあえず勉強時間を増やすことから始めた。今まで平日は割と沢山勉強していると思ってはいたのだが、休日になると全く駄目で、勉強しようしようと思っているうちに午前が午後になり夕方になり夜になりと時間を無駄にしてしまうことが多かった。いくら平日に人より勉強していたとしても授業の時間等を除いたら勉強できる時間には限界がある。土日を無駄にしている私は土日もきっちり勉強している人に遅れをとっているのではないか と思い、土日も学校が開いている日は必ず学校に行って勉強した。学校が開いていない日は通学途中の駅ビルのフリースペースで勉強した。

田舎の駅ビルはお店がバカスカ潰れる。お店が潰れて何もなくなったフロアにいつしか椅子とテーブルが幾つも置かれるようになった。中高生やお年寄りが集まってお喋りをしていたり、小さい子供とそのお母さんがお昼ご飯やおやつを食べていたりと、田舎のさびれた駅ビルとはいえ様々な人に需要があったようだが、私のような学生が勉強している様子が一番多く見られた。土日は最長で朝10時から夜8時までの10時間、こまめに休憩を挟みながらも駅ビルの営業時間中はずっと駅ビルに篭った。

高3になっても授業は今まで通り行われたが、放課後にはそこに課外がプラスされた。そうすると今まで通りのことをやろうとしても放課後の学校での学習時間が減ってしまったので、平日の放課後も駅ビルに行くようになった。学校に下校時間ギリギリまで残っても夜6時前には学校を出なくてはならない。そこから7時に帰宅しご飯を食べたらテレビを観てだらだらしてしまう。平日も駅ビルに通い出したのは正確には高2の学年末テスト前からなのだが、高2になった頃から定期テストの順位が少し下がり始め、学年末で最後に挽回しようと自分なりに気合を入れ平日も駅ビルで8時前まで粘った。

先程も書いたのだが、私は休憩をこまめに取った。あまり集中力が続かなかった私は、約1時間ごとに休憩を取るようにしていた。休憩を取るタイミングは、勉強しながら聴いていたアルバムが1周したときか、そのときやっていた勉強の区切りが良かった時だ。何時間もぶっ続けで勉強しようと思えばできなくもなかったのだが、そうするとその後に1〜2時間も休憩してしまうことがあった。だったら1時間勉強して数分休む方が良いのではないかと思う。

ではその数分何をして休憩するか。携帯のゲームは一度始めるとなかなか辞められなくなってしまうことがあり駄目だった。すぐに辞められるものは何か。答えは簡単だった。

 

 

 

Twitterだ。

 

 

 

TLを上までさくっと見終えればすぐに携帯を置いてまた勉強することができた。何より私はTwitterが大好きだ。なんとちょうどいい休憩方法だろう。おかげで1〜2年のときより受験期の方がTwitterを頻繁に見ていたように思う。良イ子ハ真似シチャ駄目ダヨ。(?)

また、勉強しながらアルバムを聴いていたのも個人的には良かったと思う。聴いていたのは勿論JUMPのアルバムだ。高1の時は勉強するときはずっとSmartを聴き、高2の時は勉強するときはずっとJUMPing CARを聴き、高3の時は勉強するときはずっとDEAR.を聴いた。勉強するときに音楽は聴かない方が良い とか、聴くなら歌詞のないものが良い とよく言うが、私は大好きなHey!Say!JUMPの曲を聴いていつも勉強していた。とはいえボリュームは4〜5、微かに聴こえる程度だったし、しっかり聴いていたかというと聴いていなかったのかもしれない。タイマーだと思ってイヤホンをしていた。約1時間経てばアルバムが1周して音が切れる。休憩するタイミングを教えてくれるのだ。いつもCD通りの順番で聴いていたので、途中で集中力がなくなっても"今この曲だからもう少しで休憩だ"とわざわざ時計を見なくても耳元から微かに聴こえてくる大好きなHey!Say!JUMPの歌が休憩地点までの距離を教えてくれた。

勉強時間は増やしたものの、結局"受験勉強"という特別な勉強はあまりやらなかったように思う。強いて言うなら英単語はまあまあ頑張って覚えた。高1の後半頃から、英単語を知らないから長文が読めないのだと感じるようになり、長文を読みながらわからなかった単語に下線を引き、後で片っ端から辞書で調べた。だが辞書を引いただけでは覚えられない単語も多く、単語帳を作って空き時間に繰り返し繰り返し見て覚えた。1つの単語帳はすぐに埋まり、5つ6つと増えるにつれて管理ができなくなり単語帳は途中でやめてしまったが、やはり単語の意味をもっと覚えなければと思い自分で単語帳を作れるアプリに辞書で調べた単語とその意味を片っ端から登録して、単語帳を作った。通学では連続して電車に乗るのは10分ほどだったので電車で勉強するのは苦手だったが、鞄から単語帳を出すよりも単語帳作成アプリを起動して英単語を覚える方が私には合っていた。高3の秋頃から自分で買った英単語の本を使い出す人が増えてきたが、私は最後まで英単語の本は買わなかった。普段の課題や模試などで出会った意味のわからない単語の意味を自分で辞書で調べ、それを繰り返し見て覚えることでのみ語彙力を増やした。

アプリの単語帳でなかなか覚えられなかった英単語や、解法の流れを覚えなければならない物理の問題、なかなか覚えられない数学の公式や化学の反応式をルーズリーフにまとめることも良かったと思う。模試の直前に教科書等を見て最後に知識を詰め込む というようなことは多くの人がやっているのではないかと思うのだが、私は直前に見たいものがあっちにもこっちにもあってバタバタしてしまうことがよくあった。模試の直前に分厚い教科書を何冊もパラパラするのが嫌だった。そこで、模試の直前に見たいものだけまとめてしまうことにした。そうすることで効率的な悪あがきをすることができた。直前に見たいものが増えて直前だけでは見きれなくなると、電車の中で繰り返し見て覚えるようになった。電車で勉強するのが苦手だった私だが、電車の中では殆どの同級生は何か参考書を広げており秋頃からさすがに焦って私も頑張って電車で勉強するようにした。覚えることはオレンジのペンで書いて赤シートで隠せるようにした。無機の化学反応式は別の紙とペンを用意して揺れる電車の中で何度も何度も書いて覚えた。おかげで模試の直前に見るのはそのルーズリーフの薄いファイルだけになり、試験当日もそれしか持っていかなかったので荷物が減った。センター試験の日なんかは勉強道具よりお菓子の方が沢山持っていたくらいだ。

受験生と呼ばれ始めてから常に裏テーマとして学校になんとなくあったのは、"受験生はいつまで現場に入るのか問題"だった。DEARの申込みは凄く悩んだ。一番近い会場である横アリでは8月にも10月にも公演があるというのだから。なんということでしょう。夏までにした方がいいのではないかとも思ったが、わざわざ2回やるのだから10月は8月と何か変えてくるに決まってるし、その間にシングルでも出して10月の横アリで歌ったりなんてこともあるのでは と予測済だった私は、結局どちらも申し込んだ。有難いことにどちらも当選したのだが、10月には周りは勉強モードになっていたので若干の焦りというか後ろめたさみたいなものは感じた。

年末年始の東京ドーム公演はさすがに申し込まなかった。センター試験まで2週間だったし、ツアーの横アリ10月公演で"これで受験前は最後"とある程度覚悟が決まったというのもあった。2015-16の京セラでのカウコンには行っていて、そこで大きな会場にお客さんが沢山入った光景を見て嬉しそうにはしゃぐ彼らを見ていたので正直行きたい気持ちもあったし、私の大好きなGIFTを歌ったとか、私の大好きなうさ耳でガンバレッツゴーを歌ったとか聞けば行きたかったなあと今でも思う。今でも度々ぼやく。

こればっかりは個人の問題ではないかと思う。私はオタ活を犠牲にしてまで行きたい大学がなかったので、受験生と呼ばれるようになってからも毎朝電車でTwitterをチェックし、雑誌が発売されれば学校帰りに本屋さんに寄り、新曲が発売されればフラゲしてウォークマンに入れて駅から学校まで歩いているときや勉強中に繰り返し聴いた。だが、受験生だから担降りします なんて人もいるのもまた事実で、確かに私も万が一大学に落ちてしまったとき"あの時コンサートに入らなければな"と思ってしまったらと考えると怖かった。

私がオタクをしながら大学受験を乗り切れたのは、常に勉強オタ活両立してきたからなのではないかと思う。普段はほとんど勉強せずに遊んでばかりで、定期テストの直前に焦って徹夜でその場しのぎの知識を詰め込んで という生活を高1〜高2で送っていたら、高3になったら本腰を入れて勉強しなければ ということで丸1年現場にも入らずTwitterも辞め新曲も買うけど聴かない開けない なんてことをしたかもしれない。私は割と中学のときからコンスタントに勉強してきた方なので、受験生になったから と急に勉強漬けの生活にする なんてことはしなかったしできなかったのだが、自担の、仕事やファンへの愛と情熱が沢山詰まったDEAR.に入れてとっても幸せだったので、コツコツと少しは真面目にやってきた自分を褒めたいなと今は思う。実際、勉強しなきゃと思っていながら友達とお喋りして時間を無駄にしたことも何度もあったので、食事と睡眠以外はずっと勉強するなんて人以外は、やっぱり行きたかったなあ行けばよかったかなあとその日1日うじうじするよりは1日くらい現場に入ってしまった方が良いのではないかと思う。(勿論塾に行かなければならないとか、そういう事情がある人はまた別だと思うが…。) 私の友達にも、「ここでコンサートに行って大学に落ちても私はそれを彼らのせいにはしないと思う」と言って入試まで2ヶ月を切っていながらコンサートに行った子もいた。本当に人それぞれである。

 受験期において精神的にキツかったことも何度もあった。推薦等の結果が出る度に内定者を見ては焦り、好きな友達を見てそんな気持ちになる自分のことが嫌になった。受験期真っ只中に家の中がごたつき、経済的な理由で国立大にしか行けないと言われていたので私立の抑えがあるわけではなく、第一志望の大学を受けてから合格発表の日までずっと落ちたら死ぬしかないと思っていた。気を抜くと気付いたら涙が出ていたこともよくあり、JUMPの明るい曲ばかり聴いていた。ワンダーロードやFunky Time、Partyの底ぬけに明るいその強引さに何度も救われた。JUMPのキラキラした笑顔を見る度に、ああまた会いたいな、諦めた年末年始のドームでやったGIFTを生で見るまで死ねないな、DEAR.のDVDが出るまで死ねないな、次の現場が決まるまで死ねないな(まだ決まってないけど)、10周年を見届けるまで死ねないな死にたくないなと思わされ、死にたい死にたくないと何とかこの世に踏みとどまれた。やっぱりJUMPは私にとっての生き甲斐だと再認識させられた。オタクごとをセーブせずに受験期を過ごしたからこそ私はここまで頑張って生きてこられたのだと思う。これからも人生において様々なことがあると思うが、楽しいことも悲しいことも辛いことも嬉しいこともJUMPと一緒に経験していきたい。

今回この記事が書きたくてブログを開設したが、タイトル決定にあたり、まあありがちだが曲の歌詞から引用させてもらった。勿論引用元はHey!Say!7"ただ前へ"である。

"目の前を塞いでいるのは壁じゃなくて扉なんだ"

自担である山田涼介のソロパートであり、初めて聴いたときはなんて素敵な歌詞だと思った。だが、受験期にはこの歌詞の意味を深く考えたりもした。自分でどうにかできるのなら目の前に立ちはだかる困難は壁ではなく扉だと解釈できるかもしれない。だが家の経済状況なんて私の知ったこっちゃない。どうにもできない問題は壁でしかないのではないか。そんなことをよく考えた。だが結果的には第一志望の大学に合格することができた。家の経済状況を自分で改善することができたわけではないが、そんな困難もありながら大学受験を乗り越えることができたと考えると、私の目の前を塞いでいたのは分厚くて重かったとしても壁ではなく扉だったのかもしれないなと今なら思うことができる。

かなり長くて偏った経験談になってしまったが、少しでもどんなところでもいいし、反面教師としてでもいいので、ジャニオタの役に立てればいいなと思う。

 全てのジャニオタが理想の進路を実現できるよう願いを込めて。